これは2017年10月の出来事です。やっぱり都会は性に合わねぇんだよ!
という事でUAE構成首長国の一つフジャイラへ向かいます。
ドバイからE700の路線バスで直通ですので比較的行きやすいかなと思います。

正直アラブ首長国連邦の大部分のGDPはドバイとアブダビで稼いでしまっておりその他5つの首長国はそれほど豊かなエリアではありません。
そのせいなのか多くの日本人はUAEは知らなくともドバイを知っている方は多いですね。

移動はいたってシンプル。中国慣れしてしまっている僕にとっては100キロほどの移動などそこらへんに買い物に行くレベルの話です。路線バスで3時間ほどでフジャイラ到着です。
半島を西から東へ横断するルートですね。
データが少し古かったりもしますが経済規模を比較してみると中々格差があるのだなと・・・・
首長国名 | 名目GDP (10億USD) | 人口 (万人) | 自国民人口 (万人) |
アブダビ | 262(2014) | 291 (2016) | 40(2010) |
ドバイ | 92 (2014) | 270 (2016) | 17 (2010) |
シャルジャ | 31 (2014) | 141 (2015) | 15 (2010) |
アジュマン | 4(2013) | 50 (2017) | 4 (2010) |
ラス・アル・ハイマ | 4 (2009) | 35 (2015) | 10 (2010) |
フジャイラ | 3 (2009) | 23 (2016) | 6 (2010) |
ウンム・アル・カイワイン | 0.6 (2009) | 5 (2005) | 2 (2010) |
ここでは少し田舎のためか昔ながらのアラブっぽい雰囲気を味わうことができます。
が・・・・しかし人口構成にもあるようにフジャイラも23万人の人口のうち6万人しか自国民がいません。したがって海沿いでまったりしたり街中で出くわすのはパキスタン系やアフガン系の人が多め。
しかーし!UAEはドバイだけじゃないんだよ!というちょっと斜めから物事を見るのが好きな方には非常におすすめな首長国です。まさしくザ・中東といった雰囲気を感じることができます。
しかしクソ暑い。。。。ヤバすぎます。乾燥しているからOKとか言うレベルではありません。
日中はたぶん50度近くになっています。
古いフォート(お城)が街中に鎮座しているのでアラブっぽさを味わうにはおススメですがクソ暑い。
行くには1キロほど歩く必要がありマジで死ねます。

あと日焼けのせいもあるんだけどクソ暑いのにまるで真冬のように唇が割れます。これはイラン以来の体験です。やはりペルシャ湾沿いの暑さは常軌を逸しています。

という事で日中はクーラーの効いたモスクか博物館に退避するのが賢明。
ちょっとフジャイラ国立博物館でお勉強です。
フジャイラ首長国を治めるシャルキー家の家系図でしょうか?うーん。海外へ行くと文字すら読めず一気に小学生以下のコミュ力になってしまうのが本当に快感です。

昼食は・・・中東で人気のペルシャ料理にしてみました。湾岸アラブってそういえば食文化あんまり発達していないよな・・・・この町は意外なほど各国の料理が集結していました。
イランでもよく食べたペルシャ料理です。煮込みが多いのですが今回は海沿いなのでお魚を。
やっぱり中東ではイラン料理がNO1だと思います。種類も豊富だしね~

太陽が沈みやっとクソ暑いからちょっと暑いにランクダウンしたので海沿いでのんびりしたりパキスタン人に絡まれたり楽しい黄昏時を過ごします。

海は波が高いのですが基本的には透明で美しい海で日中に来てもそこそこ楽しめそう。海の近くにある新しいモスクは立ち入り禁止でしたがすげぇ。中々フジャイラも悪くないじゃないか。

魚市場では結構地元アラブ人も来ていました。ペルシャ湾沿いでは思いのほか豊富な海産物が。
中国と同じ雰囲気でいかにもローカルな感じ。残念なのはここに海鮮食堂が無い事か・・・

そして夕食。何故か乱立しているネパール料理屋へ。。。。ダルバートとトゥクパをがっつく。

前年ネパールで食べたものと全く同じ。本物のネパール&チベット料理だ。

宿泊していたホテルは僕の思う中東とは乖離しまくってました。。。。。やっぱりUAEは全体的にイスラムの戒律はゆるゆるですね。。。死ぬほどセクシーなロシアお姉さまがいるパブ?キャバクラ?でした・・・・覗くだけ覗きましたが高すぎてやめときました。チクチョー。個人的には一番左の小悪魔っぽい子がいい。。実物も中々でした。

悔しい一夜が明けてブランチは中東サンドイッチのシャワルマと同じく中東ではお馴染みのファラフェルですね。これは僕の大好物。ちょっとコロッケに似ているかな?

UAE旅行はここまで。基本大満足よ!
次回はちょっと離れた所へ行きます!
日本では湾岸戦争で有名になったクウェートです!戦後16年のクウェートはどうなっているのか?
ではでは!